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初夏を呼ぶ「水羊羹」|「岬屋」の今月の和菓子⑧

初夏を呼ぶ「水羊羹」|「岬屋」の今月の和菓子⑧

陽光に光る、若葉の季節がやってきました。本誌連載、「『岬屋』の和菓子ごよみ」では、東京・渋谷にある上菓子店「岬屋」の季節の和菓子を、毎月紹介しています。WEBでは、本誌で紹介しきれなかった「おいしさの裏側」をお伝えしていきます。本誌連載と併せてお楽しみください。

涼菓は寒天づかいが決め手

そういえば、女将の渡邊英子さんは言っていた。
「水羊羹は、長袖を着なくなったらつくるものなのよ」
確かにそうだ。日差しが強く感じられるようになると、ひやりとした口当たりのものが食べたくなる。

並んだ水羊羹

「寒天を溶かして、餡を入れるだけ。……それだけだよ」と主人の渡邊好樹さんは笑っているが、「『岬屋』の水羊羹は別格!」と言うファンは多い。

店主

なるほど!の取り出し方

「ちょっと食べてみるかい?」
主人は水羊羹を取り出した。透明な竿型の容器にぴったりとおさまっている。蓋をしたままひょいと立てると、水羊羹の丈が縮んで少し落ち、すき間ができて空気が入る。それから蓋を開けて倒せば、容器からスムーズに取り出せるというわけだ。

水羊羹を立てる

「うちではこうやって取り出すの。もちろん、容器の中で少しずつ切り分けて取り出してもいいですよ」
包丁を入れると、美しい角が立ち、艶やかな断面があらわれた。

水羊羹を切る

崩れるように固める

「水羊羹というものはね、いかに崩れるかが大事なの。噛まなくても食べられるような柔らかさ。それでいて、きれいに切れる硬さもなくちゃいけない」
そのバランスが絶妙なのだ。では、つくり方を見せていただこう。

ボウルに入った糸寒天

「使うのは糸寒天。ゼリー強度の強いものを使っています」
ゼリー強度とは、ゼリーや寒天のように固まったもの(ゲル)の強度をあらわす数値で、糸寒天は棒寒天よりも強度が強く、和菓子に多く使われている。
「最初に、そのシーズンに使う寒天で一度試作してから使うことにしてるの。長年付き合いのある業者さんが揃えてくれるけど、年によってすこ~し違うんだよね。なにしろ原料は海藻(※テングサなど)だから。生育が違うんじゃないかな」

糸寒天

計量と経験が物を言う

水で戻した糸寒天をぐつぐつと煮溶かし、砂糖、塩、漉し餡の順に加えていく。寒天は、しっかり溶かさないと固まらないが、煮すぎるとゼリー強度が落ちてしまう。単純なようでいて、煮溶かしの工程はとても大事だ。

ボウルに餡を入れる

餡を溶かしたら、煮ている間に蒸発した水分量を確認するため、秤で重量を計る。足りなければ水を少し足し、再び火にかけて温める。
「目分量でやっているようだけど、きっちり計量しないとダメなんだよ」と主人。

計量する

それをざるで漉し、さわり(打ち出しの銅鍋)に移して、水をはった四斗樽に浮かべた。主人はさわりを抱えるように樽の横に座り、寒天液を混ぜながら人肌まで温度を下げていく。
「餡と寒天の比重は違うから、熱いうちに容器に入れると分離しちゃうの。冷やす間も、ずっとかき混ぜていないとね」
とはいえ、混ぜすぎてもゼリー強度が落ちるし、ほったらかすと、冷水に触れている部分から冷熱がつたわり、さわりの縁から貼りついてしまう。
「急いでやってもだめなんだよ。それに湯気をたたせると、また目方が変わっちゃう」

混ぜる

液面がゆるく動く様を見つめながら、時折、さわりに沿わせてしゃもじをゆっくりと動かす。温度計で確認はするが、仕上げの見極めは表面の艷や、手に感じる重さだという。
寒天の扱いがこんなにも繊細なものだったとは!確かな技があるからこそ、多めの水分で、ぎりぎりの柔らかさが狙えるのだ。

混ぜる

流し入れのリズム

寒天液を冷ましている間に、女将さんは容器の準備をする。
「容器を並べる間隔も大事なの。決めた間隔できっちり揃えておかないと、生地を流し入れるリズムが狂っちゃう。私も流すことがあるけれど、私がやりやすい間隔は、主人とはまた違うのよ(笑)」

容器を並べる

さあ、流し入れの作業。おたまで混ぜながら液をすくい、表面張力でギリギリのところまで容器に流し入れる。
「できるだけ、空気が入らないようにして蓋をしたいからね」
流し入れが終わると、その状態で3時間は動かさない。

水羊羹を流し入れる

寒天液の表面は艶やかで、主人の顔も写りこむほど。
「この色がいいの。小豆の赤い色がきちんと出ていると、食欲が増すでしょう?餡の色で水羊羹の色も決まります。やっぱり、餡がよくないときれいな仕上がりにはならないんですよ」

小豆

「岬屋」の水羊羹は、漉し餡と粒餡の2種類があり、さっぱりしていて食べやすいのは漉し餡の水羊羹。粒餡は、小豆の味をより強く味わうことができる。
舌に乗せ、口蓋に当てるだけでするっと崩れ、なめらかな餡が喉を通り過ぎていく。ほどよい冷たさもうれしい。
ここから夏に向かい、残暑の頃まで水羊羹の季節は続く。上品な餡の甘味で、暑い季節を元気に乗り切りたい。

水羊羹
水羊羹(漉し餡、粒餡)各一本2,970円。販売は、5月18日~9月上旬の予定。予約が望ましい。

店舗情報店舗情報

岬屋
  • 【住所】東京都渋谷区富ヶ谷2-17-7
  • 【電話番号】03-3467-8468
  • 【営業時間】10:00~16:00
  • 【定休日】日曜、月曜(節句、彼岸を除く。夏季休業あり)
  • 【アクセス】京王井の頭線「駒場東大駅」より徒歩7~8分、小田急線「代々木八幡駅」、東京メトロ「代々木公園駅」より徒歩10~12分

文:岡村理恵 写真:宮濱祐美子

岡村 理恵

岡村 理恵 (ライター)

群馬県生まれ。出版社勤務を経て独立し、食を中心としたライター・編集者に。料理はもちろん、畑や漁港からスーパーなど食に関わる現場、食卓をつくっている人々に興味あり。